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洗心洞運動とは
■心に響く言葉 ■居酒屋洗心洞に関する新聞記事


心に響く言葉


立花隆氏の一言が強く私の心を突き刺しました。細川政権が発足した直後のことです。

「佐藤さん、あなた方はやれ革命だ、平成維新だと浮かれているけれど、どれだけの犠牲を払ってきたのですか?明治維新は何万の屍を乗り越えて成就した。伊藤や木戸はその背中を踏み越えて新政府を作ったのです。」

たった10人の反乱。新党さきがけは健全なる野党を目指して船出をしたはずでした。しかし、時代に翻弄されつつ誕生した細川政権に、私は知らず知らずに有頂天にさせられていたのです。好んで平成維新を気取っていたのかもしれません。案の定、細川政権は瓦解し、自民党のダミー政権が巧妙に用意されました。

1995年8月1日。新党さきがけと村山政権に見切りをつけ無所属になった私は、立花隆氏の言葉を思い出し、自らが踏みつけられる屍になることを決意したのです。
無聊をかこつ日々。無所属は国会では過酷なまでに無力でした。

そんな時出合った本が奈良本辰也編の「先駆者の思想」。そこに大塩平八郎が記されていたのです。私が興味を抱いたのは、彼の決起そのものではなく、明治維新とその時代との間合いでした。三十年の間隔。明治維新まで、大塩や生田万が乱を起こして尚30年を要したのです。改革の果実を自らが求めては駄目だ。あせらずに、そして着実に私は改革の用意を始めました。

この年の12月6日、中矢勝氏の協力を得て居酒屋「洗心洞」が誕生したのです。  (つづく)


居酒屋洗心洞に関する新聞記事

→産経新聞の記事(1995年)

→宮城県知事浅野史郎氏からのメッセージ

→朝日新聞の記事(1997年)

→開店当初の様子を伝える1996年の週刊新潮


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